法政大学 FDシンポジウム

法政大学 FDシンポジウム

2006.05.19

法政大学 FDシンポジウム
「学びの多様化と教育テクノロジーの効用」報告

FD推進センター長 後藤篤子(文学部教授)

このシンポジウムは法政大学FD推進センターと情報メディア教育研究センターとの共催で、サンフランシスコ州立大学教育学部のキム・フォアマン教授をゲストにお迎えして開催されました。これは文部科学省平成17年度「大学教育の国際化推進プログラム(海外先進教育実践支援)」に採択された本学の取組み(FDとITの高度な融合)の一環として、二度のサンフランシスコFDワークショップの経験に基づき、そのワークショップのオーガナイザーであったフォアマン教授とも意見交換を重ねて企画されたものでした。当日は平日であったにもかかわらず、学内外から60名ほどの参加者を得ることができ、はるばる九州や四国から参加してくださった方たちもいらっしゃいました。

堀江拓充学務担当理事による挨拶に続き、第一部ではフォアマン教授による基調講演「新しい教育テクノロジーを使った新世代への教育Teaching New Generations with Emerging Technology」がありました。

フォアマン教授はまず現在、高等教育機関で教育に携わる者が直面している問題として、学生の変化、情報・知識量の爆発的増加、社会が勤労者に求めるものの変化、それらを受けての教育目標の再設定、カリキュラムのアップデート、テクノロジー面での刷新と教育戦略の構築等を挙げ、今や教員もそれらについて学ぶ必要があり、だからこそFD、それも経験共有という形でのFDが必要であると指摘されました。そして、1950〜1960年代生まれの「テレビ世代」、1960年代末〜1970年代生まれの「パソコン世代」、1982年以後に生まれた「ネット世代」の世代間比較や、ネット世代の一般的傾向に関する米国の研究・調査結果の紹介後、ネット世代の学習スタイルを分析されました。(1)読書や聴講という学習スタイルよりグループ学習やプロジェクト型学習への志向が強く、視覚・運動感覚等を介しての体験を通じて学ぶ、(2)学ぶことの意味を求め、即時のレスポンスを期待し、成果・成績を重視する、(3)テクノロジーはツールというより身体の一部であり新テクノロジーに惹きつけられる等、日本の大学教員にとっても大変参考になる分析でした。フォアマン教授はネット世代にとっての学びとは、体験を通じて構築される能動的プロセス、生涯型プロセスであり、知識とは受動的に伝授されるものというより、自ら生成してみて「発見」するものとまとめた上で、それでも教員は学生にじっと座って注意を集中し、分析することも教えなくてはならないと付言されました。そして、ネット世代への教育、とりわけ体験型学習や正課外学習の促進にとってテクノロジーの活用がいかに有効であるかを、ご自分のクラスの実例を示しつつ紹介されましたが、同時に、テクノロジーは従来の教育に付加されるべきものであり、決してそれに取って替わるべきものではないと力説なさっていたことも印象的でした。

第二部のパネルディスカッション「学びの多様化と教育テクノロジーの効用 Diversified Learning Styles and the Utility of Educational Technology」では、情報メディア教育研究センター所長である工学部の竹内則雄教授および後藤がコーディネーターを務めました。

まず日本リメディアル教育学会会長でもあるメディア教育開発センターの小野博教授から、「日本の大学を取り巻く環境の変化・「ゆとり教育」世代の学生」という題で問題提起をしていただきました。小野先生は2005年11月開催の本学FDシンポジウムでも基調講演を行ってくださいましたが、今回もご自身にとってとりわけ関心があるテーマということで、パネリスト参加をご快諾くださいました。先生は前回も紹介された「ゆとり教育」世代の学力問題に触れられた後、大学におけるリメディアル教育の成功例を紹介し、大学においては中・高・予備校の授業とは異なる、すなわち、大学での専門的学習と有機的に連関させたリメディアル教育が必要になると指摘されました。そして、対面授業と e-learningの役割を整理された上で、日本の大学のIT化自体は進んでいるものの授業のIT化やe-learning の導入はあまり進んでいない現状を踏まえ、e-learningがどのような学習に向いているかという点を考慮すると、まず語学教育・リメディアル教育への導入が適当であり、それらの分野で定着すれば一気に普及するのではないかと提言なさいました。

続いて本学総合情報センター所長の工学部・八名和夫教授―公務の都合で小金井キャンパスからの遠隔参加―が、「IT援用による学びの多様化実践例:国際遠隔授業でグローバルな教育環境を体験、タスク中心学習で英語とITを学ぶ」と題して、本学の「太平洋を越えたインターネット・リアルタイム講義」の実践について、システムを含めたその概要、英語による講義理解を助けるシステムの開発状況、e-classのグローバル展開やハイブリッド(リアルタイム+オンデマンド)教育システムへの展開等の将来展望を紹介しました。さらに、2004年度から法政大学第一高校の生徒を対象として始まったタスク中心学習による英語・IT教育について、「英語でITを学ぶ・ITを通じて英語を学ぶ」「遠隔システムや夏期現地研修による、英語を使う日常的環境の提供」を骨子とするプログラムの構成や、実践風景が紹介されました。楽しそうな高校生の笑顔、そして事前準備を踏まえての現地研修後に高校生の英語力が向上したことを示す具体的数字が、とても印象的でした。

最後に本学情報メディア教育開発センターの常盤祐司教授から、2005年9月に発足した同センターの事業内容(教育支援と研究開発が二本柱)が紹介され、ITが支援できる教育プロセスは、授業中の事例呈示、グループワーク促進、海外との交流、理解度確認や個別指導、それらを通じての「ばらつき」解消等、多岐にわたるとの例示がありました。事業の実施方針については、北風型(トップダウンで強制的に行う)・太陽型(「しかけ」を作って、口コミで広めていく)のどちらが適しているかがどの事業についても問題になるが、同センターの場合は後者であろうという考えが示されました(この点は、FD推進センターの事業についても同じです)。そして、「教育テクノロジーの視点から」と題する問題提起は、ユビキタス・コンピューティングについてのマーク・ワイザー(Mark Weiser)の言を援用した「教育テクノロジーの目的は、あなたが何か(今までと)異なることを行うことを手助けすること」「最良の教育テクノロジーとは、静かで目に見えない“しもべ”」という言葉で締めくくられました。

ディスカッションに移り、フォアマン教授からは教育目標の変化に合わせた「形成的評価 formative assessment」と「総括的評価 summative assessment」の双方が必要とのコメントがあり、また常盤先生の締めくくりの言葉に共感されて、「e-learning」という言葉は本来learningが先に来るべきであり、言葉自体をなくした方がよいかもしれないとのコメントもありました。八名先生からは、第一高校の生徒対象のプログラムでプロジェクト・ベースのインタラクティヴィティ型学習の効果を実感でき、課題と最終ゴールを設定すると大変熱心に取組むという実体験が付言され、学生に豊かな学習環境を提供するためにFDおよびITが果たすべき役割は大きいとのコメントがありました。そして、やはり常盤先生の最後の言葉に共感し、今はテクノロジーが前面に出すぎているという印象だが、テクノロジーが自然に環境の中に溶け込んでいる状態が望ましいとのコメントを残して、公務のため途中退席しました。

フロアから出た質問は以下のようなものでした。(1)教育テクノロジーの導入は教員の負担増ではないか。教員の時間の管理をどうすべきか。(2)教育で最も重要なのはマッチングの問題であり、教員が設定するレベルと学生のそれとがマッチしないと教育はうまくいかないと考えるが、米国の大学における instructional designer のような存在が必要なのではないか。(3)英語教育における e-learning の導入がうまく行っていないのはなぜか。(4)低学力問題への対処。(5)ネット世代に学ぶ楽しさを知ってもらうにはどうすればよいか。(6)教員は教育テクノロジーの開発者であるべきか。

これに対し、つぎのような応答がありました。(1)TAの活用が望ましい。教員一人で学生からのアクセス全てに対応することが重要なのではなく、米国では学生の方でもむしろアクセスしてよい時間帯の設定を希望する。(2)については、米国の大学における instructional designerには修士レベルの院生も多く、ニーズのアセスメントから始めて教育上の問題を見つけて分析し、教育目標を設定し、「治療法」を提示するのが役目であるとの紹介がありました。しかし、教育学専門の聴衆の方からの補足によると、日本での「教育支援」はコンテンツのデジタル化などにとどまっているようで、米国のような instructional designer の育成が日本でも必要であろうと感じました。以下、応答の骨子のみ記します。(3)最初の手がかかる段階でのケアが不十分だからであり、教員がメリットを認識し、学生が効果を実感できればうまく行くであろう。(4)低学力の学生にプラスアルファを要求しても無理であり、どうしてもリメディアル教育が必要になるが、それを予備校任せにしては駄目。(5)学ぶ動機は必要と関心の二つに由来するのであり、学生が感じているニーズと関心を知ることが肝要。(6)テクノロジーの開発者である必要はないが、教育テクノロジーが持つ効用については知るべきであり、教員はむしろ「学びの戦略」の開発者であるべきだろう。

4時間半に及ぶシンポジウムでしたが、同時通訳者の見事な助力を得て、有意義な情報交換・意見交換ができました。企画・準備や当日の運営に携わってくださった方々、そして何より参加者の皆さんに対し、厚く御礼申し上げます。
 

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